
「決めてください」と言われた日
母の入院のことは、こちらの記事に書きました。
私にとって一番つらかったのは、あの日「決めてください」と問われたことでした。
正直なところ、それまで延命治療について深く考えたことはありませんでした。なんとなく「そういう話は、もっと先にちゃんと考えるものだろう」と思っていたのに、現実はそんな余裕を与えてくれませんでした。切羽詰まった状況の中で、私はいくつかの大きな決断を、その場で迫られることになったのです。
人工栄養にも、いくつかの選択肢があった
母は口から食事を摂ることが難しくなり、人工栄養について判断することになりました。私はそれまで「口から食べられなくなったら、何かしらの方法で栄養を入れるのが当然」としか思っていませんでした。でも実際には、いくつかの選択肢があったのです。
- 経鼻栄養……鼻から管を入れて、胃に直接栄養を送る方法。手術が不要で始めやすい一方、本人にとっては違和感や不快感が大きく、管を抜いてしまわないよう手にミトンをつけることもあるそうです。
- 胃ろう……お腹に小さな穴を開けて、胃に直接栄養を入れる方法。経鼻栄養より体への負担が少なく、長期的に続けやすいとされていますが、手術が必要です。
- 点滴(中心静脈栄養など)……血管から栄養を入れる方法。消化器を使わずに栄養を摂れますが、長期間続けるには感染症などのリスクもあります。
母の場合、いくつかの事情を踏まえて胃ろうを選びました。今思えば、その場で初めてこうした選択肢の存在を知り、十分に考える時間もないまま決めたというのが正直なところです。
「蘇生するかどうか」も、決めることになるとは思わなかった
もう一つ、想像していなかった選択がありました。それが「蘇生処置をするかどうか」という選択です。
テレビドラマなどでは、心臓が止まった人にAEDや心臓マッサージを行う場面が当たり前のように描かれています。私もそれを見て育ったので、「いざというときは、当然蘇生処置をするものだ」と思い込んでいました。
ところが実際には、「心肺停止になったときに、心臓マッサージや人工呼吸などの蘇生処置を行わない」という選択肢があり、これをDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)と呼ぶことを初めて知りました。高齢の方や、回復が難しいと判断される場合には、蘇生処置によって体に大きな負担がかかることもあるため、医療現場ではこの選択肢が提示されることがあるのだそうです。
老健に入所するにあたっても、こうした項目を含むアンケートを渡されました。「人工栄養についてどうするか」「蘇生処置についてどうするか」——この2つが、入所の手続きの中で改めて問われることになったのです。
あのとき、私は何も分かっていなかった
振り返ってみると、あのとき私は本当に何も知らないまま、その場の状況に押されるように決断していました。人工栄養は「するもの」だと思い込んでいましたが、本当はもっと早く、いくつかの選択肢があることを知り、母自身の意思や家族としての考えを、落ち着いて話し合っておくべきだったと思います。
もちろん、当時の判断が間違っていたとは思っていません。ただ、「知らないまま決めた」ということ自体が、今でも心に引っかかっています。
知らなかったことへの後悔、だからこそ伝えたいこと
もし、もっと早くこうした選択肢があることを知っていたら。もし、母が元気なうちに「もしものとき、どうしたいか」を聞いておけていたら。そう思わずにはいられません。
厚生労働省では、こうした「もしものとき」のために、本人・家族・医療従事者があらかじめ話し合っておく「人生会議」(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)という考え方を推進しています。何も起きていない今だからこそ、こうした話を家族で共有しておくことに、大きな意味があるのだと、経験してから気づきました。
延命治療の選択は、本人にとっても家族にとっても、とても重い決断です。だからこそ、切羽詰まった状況で初めて知るのではなく、落ち着いて話し合える時間があるうちに、知っておいてほしいと思います。
まとめ
人工栄養の選択も、蘇生処置についての選択も、私にとっては「知らなかった」ことばかりでした。同じように、何も知らないまま選択を迫られる方は、きっと他にもいると思います。
老健に入所するまでの経緯や、施設選びで分かったことについては、今度まとめようと思っています。
何も起きていない今だからこそ、家族で話しておく。それが、私が一番伝えたいことです。




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