
衣替えって、毎年なんとなくやっていたんですけど、今年は少し違いました。
去年の春、「これ!」と思って買ったトップス。黄土色というか、カーキというか……アースカラーで、デザインも気に入っていたんです。でも今年、久しぶりに袖を通して鏡を見たら、なんだか顔が曇って見えて。
あれ、なんか老けて見える……?
ちょっとショックでした。去年は似合ってると思ってたのに、どうして? そのときの気持ちや気づきを、今日は正直に書いておこうと思います。
50代の春、去年のお気に入りに違和感を覚えた朝
衣替えをしながら、あのトップスを手に取ったときはまだ「今年も着よう」のつもりでした。でも袖を通して全身鏡で見た瞬間、なんとも言えない"ちがう感"があって。
色のせいかな、とまず思いました。黄土色って、似合う人には抜け感が出るんだけど、わたしの場合は顔色をくすませてしまっていたみたい。それだけじゃなくて、ちょっと体型も変わったのか、シルエットも去年とは違って見えて。
デザインは今でも好きなんです。だからこそ、手放せなかったんだと思う。
50代で「好き」と「似合う」がずれてきたと感じたこと
これ、正直に言うと、50代に入ってからじわじわ感じていたことで。
「好きなもの」と「似合うもの」って、若いころはだいたい一致していたように思うんですよね。でも年齢を重ねると、そこにちょっとした"ずれ"が生まれてくる。
- 色が好きでも、顔まわりに持ってくると重たく見える
- デザインが気に入っていても、体型の変化でラインが合わなくなる
- 去年似合っていたのに、今年は何かが違う
それって悲しいことじゃなくて、自分が変わっている証拠でもあるんだな、と少しずつ思えるようになってきました。
高かったもの・気に入っていたものほど、手放しにくい
服を捨てられない理由って、みなさんもきっとあると思うんですけど、わたしの場合は特にこのふたつ。
- お気に入りで「これが好き」という気持ちがある
- 値段が高かったから、もったいない気がする
このトップスもそうでした。決して衝動買いじゃなくて、ちゃんと選んで買ったもの。だから余計に「もう少し着られるはず」って思い込もうとしていた部分があったかもしれない。
でも鏡は正直だった
鏡を見て「なりたい姿じゃない」と思ったとき、なんか静かにストンと気持ちが落ちてきたんです。
似合っていないものを着ていても、それは「好きな服を着ている」じゃなくて、ただ「着ている」だけになってしまう。それだったら、本当に似合う服を着ている誰かのもとへ旅立たせてあげたほうが、この服も喜ぶんじゃないかなって。
50代の衣替えは「全部着てみる」がいちばんの正解かもしれない
今年の衣替えから、やり方を少し変えようと決めました。
収納から出したら、全部、一枚ずつ袖を通してみる。面倒だけど、それが「似合うかどうか」を確かめる一番シンプルな方法だと思って。
- 着てみて「なんかちがう」と感じたら、手放しを検討する
- 状態がよくてもったいないと思うものは、売るか譲ることを考える
- 「好きかどうか」より「なりたい姿に近づけるか」を基準にする
手放す前にひと手間かけると、次の買い物が変わる
納得してお別れすると、次に何かを買うときに「本当にこれは似合うか?」という問いが自然と出てくるんですよね。
衝動で買うんじゃなくて、「わたしの今の顔に、今の体型に合っているか」を確かめてから手に入れたい。そういうふうに変わっていける気がします。
手放した服を「似合う人へ」送り出す方法
状態のいい服は、捨てるのではなく誰かに使ってもらえたら、と思っています。わたしが今気になっているのはこのあたり。
- フリマアプリに出品する(メルカリ、ラクマなど)
- ブランド品であれば買取サービスへ
- まとめて宅配買取に送る(手間が少なくてラクです)
- 友人や家族で欲しい人がいれば声をかける
「捨てる」じゃなく「送り出す」と思うと、気持ちがずいぶんラクになります。
おわりに──50代の「似合う」は今この瞬間のわたしに聞く
去年似合っていたものが今年はそうじゃなくても、それはわたしが変わったということ。老けたんじゃなくて、変化しているんだ、ってそう思いたい。
今年の衣替え、少し時間をかけて全部着てみようと思っています。似合わなかったらさよならして、クローゼットをもう少し身軽にしたい。そして次に何かを迎えるときは、「本当になりたい姿に近づけるか」を自分に問いかけながら選びたいな、と。
あなたのクローゼットにも、そんな一枚、眠っていませんか?
▼私が気になっているのはブランディア。箱に詰めて送るだけで査定してもらえるので、重い腰があがりやすいです▼
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